大阪府堺市にお住まいの方の自己破産を弁護士が詳しく説明します。
南森町佐野法律特許事務所 弁護士 佐野隆久
電話 06−6136−1020
所在地 大阪市北区天神橋二丁目5番25号若杉グランドビル7階
堺区は市域の北西部に位置し、北は大和川を隔てて大阪市と接し、西は大阪湾に臨んでいます。区内は、都心及びその周辺の市街地と、臨海部の工業地などからなっています。
区のほぼ中心部の堺東駅から堺駅は、大小路シンボルロ-ドで結ばれ、その周辺には市役所をはじめ官公庁施設や商店街、百貨店、ホテルなどが集積し、商業・業務地区が形成されています。
また、都心を取り巻く市街地の北部には、比較的規模の大きな工場や、自転車、刃物などの伝統産業が立地しており、南部は住宅を中心に、商店、工場などが集積しています。
古代において、大山古墳(仁徳陵古墳)をはじめとする百舌鳥古墳群が築造されるとともに、中世において海外交易の要衝として経済的、文化的に栄え、東洋のベニスとうたわれるなど、歴史的に名高い地域であり、環濠都市の名残をとどめる内川・土居川や、社寺など豊富な歴史的文化的遺産を有する「歴史と伝統のまち」でもあります。
(平成21年6月1日推計)
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北区の統計
総人口:155,072人
男:73,566人
女:81,506人
世帯数:66,197世帯
人口密度:9,945(人/平方km)
面積:15.58(平方km)
(2009年06月01日現在)堺市北区役所
〒591-8021
堺市北区新金岡町
5丁1番4号
西区は、人口約13万人、面積28.62平方キロメートル、世帯数約5万世帯で、市の西部に位置し、西には大阪湾が広がり、南西部は高石市、和泉市と接し、南海本線、JR阪和線、阪堺線の鉄道や阪神高速湾岸線、国道26号などの幹線道路が整備されています。 |
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区の西部には魚庭(なにわ)の海(大阪湾)が開け、かつては東洋一の海水浴場と謳われ、白砂青松の景勝地として、多くの人達が遊覧に訪れる大型リゾート地として栄え、大変な賑わいを見せていましたが、現在は臨海工業地帯に姿を変えています。 |
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近くには、現在も守り継がれている松林をはじめ桜やバラの花が美しい浜寺公園があり、園内には与謝野晶子や大久保利通の歌碑(惜松碑)もあり、憩いの場として多くの人々が訪れています。明治40年建築の浜寺公園駅舎は、西区民の人気のスポットになっています。 |
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また、区域の中央部のなだらかな丘陵地は、現在住宅が立ち並んでいますが、今から約3,000年前の縄文時代から人が住み始め、弥生時代には四ツ池遺跡に見られるような大集落がありました。
平安時代になると熊野詣が盛んとなり、小栗街道や紀州街道などを中心に、人々の交流の要衝として栄え、大和時代に建立された和泉国一宮の大鳥大社など現在もいにしえの歴史を感じさせる旧跡が残っています。「やっさいほっさい祭」で有名な石津太(いわつた)神社や、南北朝時代の武将・北畠顕家の供養塔、珍しい横倒しになった地蔵(横寝地蔵)なども、これらの街道沿いにあります。 その他、履中陵や文殊塚古墳などの文化遺産が残っており、平安時代の歌人・和泉式部の居宅跡(和泉式部宮)も隠れた名所になっています。 |
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家原大池公園は、家原大池体育館に隣接し、周りは池で囲まれていますが、安全で子ども達がのびのびと遊べる公園です。 区の南部には、現在も田園風景が多く残っており、国の重要文化財に指定されている日部神社や行基と関係の深い寺やため池などもあるなど、西区はバラエティ豊かな区域となっています。 |
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毎年10月頃には、「だんじり」や「ふとん太鼓」などの、地域の人たちが力を合わせて守り続けてきた伝統の秋まつりが催され、区内外から数多くの見物人が訪れ、まちは活気を増し、区全体に賑わいをもたらしています。
本年4月には、都市再生緊急整備地域の指定を受けた鳳駅南地域内に防災機能を備えた「鳳公園」が新たに開園されました。この公園は、普段は区民の憩いの場として、また災害時には区民の避難場所や防災拠点となり、安全・安心のまちづくりのシンボルとして新しい名所になるものと期待しています。 |
中区域は市域の中央部からつながる市街地と泉北ニュータウンの間に位置しています。区域の大部分は、ゆるやかな丘陵地形で、北西部に向かって石津川水系の陶器川、伊勢路川などが流れています。区域の北部には住宅を中心とした市街が形成され、南部には溜池が散在しており良好な田園風景が広がっています。
幹線道路は泉大津美原線、阪和自動車道などが整備され、泉北高速鉄道深井駅周辺には、公共施設、商業施設などが集まっています。
行基が築いたといわれる土塔をはじめ、須恵器の窯跡や、だんじり祭りやふとん太鼓の伝統行事など歴史的文化資産を有しています。そして、全国でも高いシェアを誇る和ざらし・ゆかた産業が発展しているほか、緞通の製造技術が現在に伝えられ、敷物の製造が行われています。また、北東部には大阪府立大学が立地し、市民の生涯学習の場として利用されています。
空から見た東区(平成19年2月撮影)
堺市東区は、市域の中央東部に位置しており南部は大阪狭山市と接しています。南海高野線沿線を中心とした市街地、農地などからなっており、初芝や大美野など昭和初期に計画的に開発・整備された住宅地が広がる一方、農村地域では、古いまち並みやため池などの自然環境が多く残っており、野鳥が飛来する「のどかな田園地帯」を形成しています。
古墳時代には、人物埴輪や円筒埴輪づくりが盛んに行われており、埴輪を焼く窯跡も見つかっています。また、高野山に通じる西高野街道沿いに集落が形成され、現在でも、一部に旧街道の面影を残しています。この区域は、もともと南河内郡の南八下村、日置荘町、登美丘町でしたが、昭和30年代に堺市と合併しました。
近年では、南海高野線北野田駅前の再開発事業により、東図書館、東文化会館(生涯学習施設・文化ホール)、商業施設、共同住宅などが次々と完成し、近隣市を含む市東南部地域の核として発展しています
南区域は、市域の南端に位置し、西は和泉市、東は大阪狭山市、東南は河内長野市に接しています。 区域は泉北ニュータウンを中心とした計画的市街地とその周辺の農地、集落地、丘陵地などからなっています。
南部には自然や農業とふれあうことができる貴重な自然環境が残され、市民に親しまれています。 泉北ニュータウンには快適な居住環境が広がり、泉北高速鉄道泉ヶ丘駅周辺には、多くの商業施設や公共施設が集積し、にぎわいをつくり出しています。
須恵器の窯跡も多く発見され、国宝の桜井神社拝殿や、無形民族文化財「こおどり」などの貴重な歴史文化資産が受け継がれています。
桜井神社拝殿(国宝)
こおどり(桜井神社奉納)
こおどり(国神社奉納)
ハーベストの丘(菜の花畑)
西原公園の桜
ふれあいの森
荒山公園の梅林
美原区域は、飛鳥時代の難波宮と飛鳥京を結ぶ日本最古の官道「飛鳥道」(後の竹内街道)に北端を接し、日本書記に黒山の地名が見られるように、大和朝廷の時代から、和泉(堺)と大和を結ぶ交通の要衝として、繁栄してきました。 中世・鎌倉時代には、河内鋳物師と呼ばれる鋳造技術者集団が、東大寺再興や鎌倉大仏の鋳造などで活躍し、今なお全国の鋳物師発祥の地として伝えられています。 明治初年、廃藩置県により堺県に属し、堺県の廃止に伴い大阪府に属し、明治22年町村制によって、黒山村、平尾村、丹南村、南八下村、丹比村に編成されました。その後、地勢・産業・風俗・文化の各分野で共通している黒山村、平尾村、丹南村が、昭和31年9月町村合併促進法に基づいて合併し、「美原町」が誕生しました。 昭和32年4月に美原町丹南が松原市へ、南大阪町(現羽曳野市)多治井が美原町へとそれぞれ変遷があり、続いて、昭和33年7月に南八下村の大饗、小寺、菩堤が美原町に編入し、現在の美原区役所区域が形成されました。 その後、平成17年2月に合併により、堺市に編入され現在に至っています。 美原区域は、市域の東部に位置し、北は松原市、南は大阪狭山市、東は羽曳野市と富田林市に接しています。 区域内には、狭山池を水源とする東除川、西除川の両河川が南北に流れており、これらの河川に沿って農耕地が開け、南東から北西に向けてなだらかに傾斜する比較的平坦な地形となっています。 現在、区域では合併を機にスタートした新市建設計画の事業を進めています。 |
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