高次脳機能障害総論
大脳は5感(聴覚,嗅覚,視覚,冷温覚,触覚)を総動員して,認知の作業を行っています。
従来より,労災保険及び自賠責の障害認定は,頭部外傷後の遷延意識障害や上下肢に大きな麻痺を残す提示脳機能障害を,頭部外傷後の後遺障害として認定していました。
ところが,交通事故による頭部外傷で開頭手術に至らない被害者の中に,□,聴覚の感覚機能や手足の運動既往に大きな障害が認められないにもかかわらず,大脳の機能に傷害が認められ,社会適合性を大きく欠く症状があることについて問題となりました。
記憶力が低下したり,仕事の要領が覚えられなかったり,すぐに切れてしまったり,鬱症状が出て,職場,学校,家庭で問題となったのです。
ところが,景色を眺めたり,音楽を聴いたり,食事をしたり,手足も普通に動くのです。
このように,外見上の身体的な麻痺は認められないか認められても軽度なものであるにもかかわらず,脳の損傷に起因する認知障害全般を示すものです。
平成13年1月から,交通事故においても,高次脳機能障害審査会による認定が行われています。
2 高次脳機能障害の具体的症状
高次脳機能障害としては,失語,失行,半側無視,失認,記憶障害など多岐にわたるが,一般に大脳皮質の連合野を中心に局所的な障害によって起こる神経症状と考えられている。
医学者によっては,高次脳機能障害を高次神経機能障害と呼ぶ者もいる。
(1) 単症状
ア 失語
音は聞こえるのに,他人の言っていることが理解できない。あるいは,滑らかに話せなかったり,言葉を全く出せないタイプもある。また,文字で書かれた文章が理解できない,字を書くことができないという症状のこともある。
イ 失行
麻痺はないのに,道具が上手につかなかったり,極端に間違った使い方をする。
ウ 失認
目は見えるのに物の色や形が理解できず,それが何であるのか分からない。人の顔が見分けられない。
(2) 単症状以外の高次脳機能障害
ア 注意障害
ぼんやりしていて,物事に集中できない。そのために何かをするとミスばかりをする。2つのことを同時にしようとすると混乱する。(半側空間無視を方向性注意障害としてこの項目に入れる考え方があります。)
イ 記憶障害
物の置き場所を忘れたり,新しい出来事を覚えていられなくなる。そのために何度も同じことを繰り返し質問したりする。
ウ 遂行機能障害
自分で計画を立てて物事を実行することができない。人に指示してもらわないと何もできない。行き当たりばったりの行動をする。
エ 病識の低下
自分が障害を持っていることに対する認識が旨くできない。障害が内科のように振る舞ったり,言ったりする。
オ 社会的行動障害(人格変化・情動障害を含む)
(ア)抑うつ(うつ状態)
ゆううつな状態がつついて,何もできないでいる。良く尋ねれば,何をするかは分かっている。
(イ)欲求コントロール低下
我慢ができなくて,何も無制限に欲しがる。好きな物を食べたり,飲んだりすることばかりでなく,お金を無制限に遣ってしまうこともある。
(ウ)感情コントロール低下
場違いの場面で起こったり,笑ったりする。たいした理由もなく,突然感情を爆発させて暴れることもある。
(エ)対人技能拙劣
相手の立場や気持ちを思いやることができなくなり,良い人間関係を作ることが難しい。
(オ)固執性
1つの物事にこだわって,容易に代えられない。何時までも同じことを続けることもある。
(カ)依存症・退行
すぐに他人を頼るようなそぶりを示したり,子どもっぽくなったりする。
(キ)意欲・発動性低下
自分では何もしようとしないで,他人に言われないと物事ができないようなボーッとした状態
3 脳の器質的損傷の態様と障害の特徴
(1) 局所的損傷とびまん性損傷
脳の損傷は,局所的な脳損傷と全般的な(びまん性の)脳損傷とに区分されます。
ア 局所的損傷による障害の特徴
脳の局所的損傷による障害は,当該部位の担当する脳機能の障害として現れます。これを「単症状」と言います。具体的症状は,前述の高次脳機能障害の具体的症状で,触れたとおりです。
イ びまん性脳損傷による障害の特徴
びまん性の脳損傷には,事故受傷により直接発生するもの(一次性脳損傷)と,事故による当該菜血腫や脳腫脹等が徐々に脳を圧迫して脳全体が損傷する等したもの(二次性能損傷)とがある。脳のびまん性損傷の場合は,脳の各部位を連結する脳神経線維までの広範囲が損傷されるため,損傷部位の単症状だけでなく,それらの連結した機能(高次脳機能)の障害があらされる場合があり,これらは,一次性脳損傷,二次性脳損傷のいずれによっても発生するとされています。
4 高次脳機能障害の後遺障害認定(自賠責保険の取扱い)
ア 脳外傷による高次脳機能障害の特徴
脳外傷による高次脳機能障害の典型的な症状は,全般的な認知障害(記憶・記銘力障害・集中力障害・遂行機能障害・判断力低下・病識欠落など)と人格変化(感情易変,不機嫌,攻撃性,暴言・暴力,幼稚,査収心の低下,多弁(饒舌),自発性,活動性の低下,病的嫉妬・ねたみ,被害妄想など)である。これらは主として脳外傷によるびまん性脳損傷を原因として発症するものであるが,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫など)とのかかわりも否定できない。急性期には殆どのケースで重篤な症状が発現し,時間の経過とともに軽減傾向を示す。社会生活適応能力が様々な程度に低下する,ともすれば見過ごされやすい障害である。
イ 外傷との因果関係
脳外傷のいて外傷直後の意識障害がおよそ6時間以上継続するケースでは,永続的な高次脳機能障害が残ることが多い。ここでいう意識障害の程度としては,昏睡〜半昏睡で,刺激により開眼しない程度(JCSが3桁,GCSが8点以下)が目安となる。また,健忘症〜軽症意識障害(JCSが2〜1桁,GCSが13〜14点)が1週間ほど続いても,高次脳機能障害を残すことがある。高齢者の場合は,これらより短い意識障害期間でも高次脳機能障害が残ることがある。
びまん性軸索損傷の場合,受傷直後の画像では正常に見えることもあるが,脳内に天井出血を生じていることが多く,脳室内出血やくも膜下出血を伴いやすい。しばしば硬膜下ないしくも膜下に脳が胃液貯留を生じるが,一般的にはやがて自然に減少し,代わってびまん性脳室拡大と脳挫傷(外傷後能実学第)が目立ってくる。およそ3か月程度の外傷後脳室拡大は固定子,以後は余り変化しない。二次性びまん性脳損傷においても,慢性期までに脳室拡大するのは,上記と同様である。
頭部外傷がなく,あるいは頭部外傷があっても,普段の日常生活にもどり,その後,数か月以上経て次第に高次脳機能障害が発言したようなケースにおいて,外傷による慢性硬膜下血腫も弥刀めっれず,脳室拡大の伸展も認められなかった場合には,外傷とは無関係に内因性の痴呆症が発症した可能性が高いものといえる。
ウ 障害の程度の把握
到底事案については,必ず診療医に対し,新設した紹介様式による個別紹介を行い,被害者側(基本的には被害者を見守っている家族や介護者)に対して,記憶・記銘力,知能,判断力,注意力,感情や行動の障害の有無とその程度,具体的な日常生活状況等を照会する。
ごく一般的に行われる神経心理学的検査として,言語性IQや動作性IQを検査するWAIS−R(成人知能検査法),原五世の記憶を検査する三宅式記銘力検査などがある。これらは認知障害を評価するにはある程度適したものであるといえるが,これらの検査結果は,高次脳機能障害の症状の一部を表しているに過ぎないというべきであり,この検査だけで重症度(等級)を判定することは適当ではない。
脳外傷による高次脳機能障害の場合は,急性期の症状の回復が急速に進み,それ以降は目立った回復が見られなくなるという時間的経過を辿ることから,事故被害者の等級認定の時期としては,受傷後1年程度を目安とすべきである。ただし,幼児や児童の場合は,成人に比べて頭部外傷に対する抵抗力が強く,回復力が高いから,できれば経過観察期間を設け,学校や施設などにおける適応状況をチェックした方が望ましい。高齢者の場合,実施に就労を行っていないケースが多いことから,就労能力の判定は困難とならざるを得ない。事故前・事故後における高齢者の日常生活状況の調査を通して,その社会生活適応能力を判断していくことが求められる。
エ 等級認定
自賠法施行令2条別表における「神経系統の機能又は精神の障害」の系列における各等級の認定基準を補足する物として【別表3】の「自賠責・補足的考え方」欄のような考え方に基づき,脳外傷による高次機能障害の認定を行っていくことが必要である。
オ 認定体制
次のいずれか1つの条件にでも該当する案件(特定事案)は,「高次脳機能障害が問題となる事案」として位置づけ,これに該当する者は,必ず診療医及び被害者向けの照会を行うことが必要である。
【高次脳機能障害が問題となる事案】
@ 初診時に頭部外傷の診断があり,頭部外傷後の意識障害(半昏睡〜昏睡で開眼・応答しない状態:JCSが3桁,GCAが8点以下)が少なくとも6時間以上,若しくは,健忘症あるいは軽症意識障害(JCSが2桁〜1桁,GCSが13点〜14点)が少なくとも1週間以上続いた症例
A 経過の診断書または後遺障害診断書において,高次脳機能障害,脳挫傷(後遺症),びまん性軸索損傷,びまん性脳損傷等の診断がなされている症例
B 経過の診断書または後遺障害診断書において,高次脳機能障害を示唆する具体的な症状(記憶・記銘力障害,失見当識,判断力低下,注意力低下,正確変化,易怒性,感情易変,多弁,攻撃性,暴言・暴力,幼稚性,病的嫉妬,被害妄想,意欲低下)あるいは失調性歩行,痙性片麻痺など各種神経心理学的検査が施行されている症例
C 頭部画像上,初診時の脳外傷が明らかで,少なくとも3か月以内に脳室拡大・脳萎縮が確認される症例
D その他,脳外傷による高次脳機能障害が疑われる症例
上記特定事案は,自算会内に新設される「高次脳機能障害審査会」でその審査・認定が行われる。竹審査会では通常の特定事案の審査・認定が行われるが,本部審査会は,認定困難事案の外,竹審査会の認定に対して異議申立がされた事案の審査・認定が行われる。
【認定困難事案】
@ 意識障害がない事案(医療照会の結果,意識障害の有無・程度が確認出来なかった事案を含む。)
A CT・MRI等の画像資料上,脳室拡大・脳萎縮が認められない事案,または器質的な脳損傷が認められない事案(CT・MRIが取り付けられなかった事案をふくむ。)
B 被害者が幼児・自動である事案
C 事故受傷と高次脳機能障害との間の相当因果関係に疑義のある事案
D 時効が問題となる事案
5 後遺障害等級
後遺障害等級別表T 介護を要する後遺障害
等級1 1号
内容 神経系統の機能または精神に著しい障害を残し,常に介護を要するもの
具体的内容 身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために,生活維持に必要な身の回りに動作に全面的介護を要するもの
等級2 1号
内容 神経系統の機能または精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの
具体的内容 著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって,1人で外出することができず,日常の生活範囲は自宅内に限定されている。進退動作的には排泄,食事などの活動を行うことができても,生命維持に必要な身辺動作に,家族からの声かけや看視を欠かすことができないもの
後遺障害等級別表U
等級3 3号
内容 神経系統の機能または精神に著しい障害をの腰,終身労務に服することができないもの
具体的内容 自宅周辺を1人で外出できるなど,日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また,声かけや,介助なしでも日常の動作を行える。しかし,記憶や注意力,新しいことを学習する能力,障害の自己認識,円滑な対人関係維持能力に著しい障害があって,一般就労が全くできないか,困難なもの
等級5 2号
内容 神経系統の機能又は精神に著しい障害をの腰,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
具体的内容 単純繰り返し作業等に限定すれば,一般就労も可能。ただし,新しい作業を学習できなかったり,環境が変わると作業を継続できなくなったりする問題が生じる。このため,一般人に比較して作業能力が著しく制限されており,就労の維持には,職場の理解と援助を欠かすことができないもの
等級7 4号
内容 神経系統の機能または精神に障害をの腰,軽易な労務以外の労務に服することができないもの
具体的内容 胃版就労を維持できるが,作業の手順が悪い,約束を忘れる,ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの
等級9 10号
内容 神経系統の機能または精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
具体的内容 一般就労を維持できるが,問題解決能力等に障害が残り,作業効率や作業維持力などに問題があるもの
6 高次脳機能障害の主張・立証
(1) 高次脳機能障害として認定されるための3要件
ア 傷病名が次のいずれかであること
脳挫傷,びまん性軸索損傷,びまん性脳損傷,急性硬膜外血腫,急性硬膜下血腫,外傷性くも膜下出血,脳室出血
イ アの傷病がXP,CT,MRIの画像で確認ができること
ウ 頭部外傷後の意識障害が少なくとも6時間以上続いていること,もしくは健忘症あるいは軽度意識障害が少なくとも1週間以上続いていること
(2) 神経系統の機能の以上を立証する諸検査
ア MRI 1.5テスラ以上の解像度が必要
イ MRアンギオ 脳・頚部主観動脈の異常をチェック
ウ スペクト検査 脳内の血流以上をチェック
エ ペット検査 ブドウ糖,控訴の代謝を観察,脳の局在の機能や神経受容体の以上をチェック
オ MRIテンソールイメージ 錐体路→脳梁→帯状回→大脳半球→脳弓,神経線維の減少や短縮を画像で描出,以上が視覚で確認出来る。
カ 神経心理学的検査 3項目,11の検査で明らかにする。
キ その他の検査
(ア)嗅覚脱失,味覚脱失,眩暈・失調・平衡機能障害では,耳鼻咽喉科における検査が必要
(イ)視野異常の半側空間無視等,眼に症状があれば,眼科における検査が必要
(ウ)四肢に麻痺が認められるのであれば,整形外科,神経内科の検査が必要
問題点
(1) 高次脳機能障害の判定で一番十強なのは,「神経系統の障害に関する医学的所見」であるが,救急救命病院などで,バタバタしている医療現場では,殆ど書かれていない。
(2) 救急搬送先の当直医が整形外科の研修医のような場合,意識障害のチェックがなされておらず,受傷時の意識のレベルが確認出来ない。
(3) 脳神経外科医の日常は,交通事故の頭部外傷よりも,脳卒中・脳梗塞・脳溢血等による緊急開頭手術が圧倒的で,多くは開頭術に至らない高次脳機能障害は,治療の中心ではない。
(3) 社会適合性の低下
高次脳機能障害の立証に必要な自賠責書式
ア 頭部外傷後の意識障害についての所見
イ 日常生活状況報告
ウ 神経系統の障害に関する医学的所見
エ 眼科の各種検査所見等(眼に半側空間無視等の症状がある被害者)
オ 念書 (1〜3級の上位等級が予想され,本人として被害者請求ができない場合,被害者が未成年の場合)
ここに書かれたような症状があったら,神経内科を受診されることをお勧めします。
整形外科の医師が精神科を紹介し,その精神科医が高度脳機能障害について,不案内だったら,交通事故の被害者は,鬱病の診療を受けていた事例がありました。
高度脳機能障害の患者に鬱病の治療を続けても,意味がありません。
不幸の極みといわざるを得ません。
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